もし大きなかぶのおじいさんが向上心のカタマリだったら
むかしむかーしあるところにおじいさんがいました。
おじいさんは畑を耕して、カブの種を蒔きました。
あまいあまーいカブになれ、大きな大きなカブになれ。
すると畑に大きな大きなカブが育ちました。
というか畑よりでかいカブが育ちました。
おじいさんは早速収穫することにしました。
うんとこしょ、どっこいしょ。
しかしカブは抜けません。
おじいさんは家にいるおばあさんを呼ぼうとしました。
しかし思えば結婚生活30年、いつもおばあさんに頼りきりでした。こぼしたお茶の後始末、靴下に空いた穴の補修、座薬はいつもおばあさんに入れてもらってました。「おばあさんは直腸の奥まで座薬を入れてくれるからすぐ熱がひくんじゃ」が口癖でした。
今までおばあさんに尽くされてきた30年を振り返っておじいさんは少しだけ自分を恥じました。今回のカブの件は自分が蒔いた種。自分のことは自分でできるようになりたい。
おじいさんは再びカブの茎を握りました。
いや、詳しくは握らされました。少しだけ生じた恥じらい、わずかな気持ちの揺れ動きによって。
-粘ること一時間-
うんとこしょ、どっこいしょ。
それでもカブはぬけません。
おじいさんは心が折れそうになりました。
そうだ、今すぐまごむすめをよんでこよう。
三人がかりだとすぐ抜けるぞい。
おじいさんはまごむすめを呼びに家に戻ろうとしました。
おじいさんはいつもまごむすめの存在に励まされ笑顔になっていました。
でもそういえばまごむすめは私の顔を見て笑顔になったことがあっただろうか。
直腸に座薬を入れられる私を見て笑ってくれたことがあったが、あれは笑われていたのであって笑顔になってくれたわけではない。
なにかまごむすめにしてあげられたことがあっただろうか。
まごむすめの笑顔のそばには必ずおばあさんの姿がありました。
そこでおじいさんは初めて自分の無力さに気付きました。
いつも他力本願で、自分で何も成し遂げたことがない、そんな根性なしの自分とは決別しなければならない。
その過去が、その決意が。
おじいさんに再びカブを握らせる原動力となりました。
今度はボロボロになった手のひらで土を掘り始めました。地平線の終わりにはまた地平線が広がっている。終わりの見えない戦いでもいい。おじいさんはがむしゃらに地面を掘り始めました。
-掘り続けて三時間-
うんとこしょ、どっこいしょ。
掘り続けてもカブはぬけません。
そうだ、穴掘りなら犬に任せよう。
犬ならいつまでも楽しんで穴を掘り続け、いつか必ずぬけるはず。
犬をいますぐよんでこよう。そうしよう。
おじいさんは犬小屋へ小走りで向かいます。りら
しかし二、三歩走ったところでおじいさんはその足を止めます。
いや待てよ、と。犬が私の言うことを聞いたことがあったか不安になりました。
寝起きに襟をぐいぐい引っ張られ散歩に連れて行き、朝食のパンとベーコンを横取りされ、風呂上がりの足拭きマットにオシッコまでされています。
完全におじいさんのヒエラルキーは下でした。
犬が自分の言うことを聞くとは思えず、おじいさんは自分で力でカブを抜くことに決めました。
一家の主であるプライド、犬に対する下剋上、食卓でカブパーティをする楽しい空間を想像して、おじいさんはまたカブを掘り続けました。
たった1つのおおきなカブ。
そのおおきなカブはおじいさんの無限の可能性を引き出そうとしていました。
何が為に、誰が為にカブを取るのか。
おじいさんはわかりませんでした。
でもそれは他でもなく、自分のためでした。
-そして3時間後-
「ただいま」
おじいさんの泥だらけの手のひらには血が滲んでいました。しかし決しておばあさんに見せようとはしませんでした。自分で消毒してカットバンを貼るのです。
「おや、じいさん、遅かったね」
「用事があってな。そんなことより玄関まで来てくれ、ちょっと見せたいものがあってな…」
遠くの方から玄関まで伸びるおじいさんの足跡と一筋の轍。
そうです、おじいさんはカブを抜くことができたのです。
しかしカブは大きすぎて担げませんでした。
引きずって家まで持って帰るうちに、カブはおろされ、普通のサイズのカブになっていました。
「あら、カブじゃない。ありがとね。」
「あぁ、今晩のスープの具材にでもしてくれ。」
そして食卓には丁度いい量のカブと、まごむすめの笑顔と、オスワリをしてご飯をまってる犬の姿が並び、カブより大切なものを収穫することができたとさ。
めでたしめでたし。